珈琲閑題
以前にNHKで「プロジェクトX」という番組があった。
それぞれその道での成功者が、何事かを成しえるに至るまでのドラマを、本人、その周辺の人物、の取材も含めてドキュメンタリー風に描いた人気番組だった。
ご覧になっていた方も多いと思う。
それぞれの、窮地にどのように事を成し得たか、宿命にどのように立ち向かったか、新しいものをどのように人々に認めさせたのか、など、大いに感動を呼ぶ内容も多かった。
しかし、ヤラセの噂が起こると、釈然としないままそそくさ番組は消えてしまったのが残念だ。
ここに取り上げられた方々は、この中島みゆきのテーマソングにあるように、皆「地上の星」としての輝く人生である。自分ら庶民とは頭も心も出来が違う、特別な人のような気になってしまう。
しかし最近とみに思うのは、このようなすばらしいことを成す事が出来た人でも、“そのとき”の心の声はどうだったのか、ということをよく考える。
腹をくくるという言葉があるが、勝海舟の氷川清話に、自分に援助をしてくれた人(名前を忘れた)の話を大切に心に留置くくだりがある。金を儲ける才覚として、よく分からぬ時はあらかじめ相場などの値をその時に決めるのでなく、前の晩に値を決めておくという話が出てくる。その場で決めずその値になったらきっと売るのである。
何事でも、その渦中に即座の判断とは難しいものである。普段に決めておけば、勝であれ負であれその場で迷わずにすむ、平常の心で決めてあるのである。
こと窮地に於いて、状況で心が昂じて何事かを決めてはならない。
「裸で生まれ出たからには、きっと裸で帰る。」
本来無一物、帳尻はゼロ。
これを決めておけばこんな気楽なことは無い。
前の晩が渦中で無いことが条件である。![]()
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