新年ご挨拶
明けましておめでとうございます。
今年の「荒唐無稽」は、より本来のテーマを深めてゆきたいと思っております。
さて、地球温暖化、地球環境、が今年の正月のTVを賑わせましたが、
わが「荒唐無稽」的な見方で極論すると、霊的な元年に突入という感じも致します。
TVで放送されていた内容にも、いまひとつ説得力が無かったのは、現在の文明社会の人間の営み自体が、膨大化して、もはや危機的な状況の限度を超えてしまっていると思えた事です。
国際的なCO2削減を、国際間のカケヒキ、環境で経済を争う姿勢は、なんとも愚かしく無益なものに思えてきてしまいます。
さりとて、このような問題の否定をすると、短絡して人間存在の否定になりかねません。
現在時を生きる自分というものは、決して、ただの物質では無いはずです。
そもそもこの破壊の直接の原因は、産業革命、その遠因として科学的な認識法に由来していると思われます。
命を物質として見る見方です。
人間の理性の目覚めからすれば、避けて通れない道です。
しかし、それは悟性の到達地点では無いはずです。
ここに「礼」がなければ、何者も育成はしません。
TV報道の釈然としない感じは、何処から来るのでしょう?
解決しようとする側の、現在の科学技術、経済中心の世界観が、救済できない本質的な問題だから、ではないでしょうか?
地球破壊が、ぶしつけな止めようの無い科学技術の文化、文明との相関関係から起こる破壊、という認識が欠けているとしか思われません。
時間、空間、物質、生命、に対する、根源的な認識を改める必要があると思われます。
その新たな理解が世界的に起こりうる事を期しての、2008年は元年という事なのです。
それも、人間理性が自力で起こしうる改革では無いという予感が致します。
大きな意味で、現在の、己の肉体の死により、すべてが無に帰す、という考え方が、現代社会で初めて乗り越えられる時がまじかに迫っているように思われてなりません。
これら一連の重要事は、それこそ、「荒唐無稽」な仕方でしか顕現しないものなのかも知れません。
老子いわく、「玄のまた玄」、本当の黒から見ると、普通の黒は、まるで白とかわりない。…
本年もよろしくお願い致します。
平成二十年 迎春
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/51460/17610300
この記事へのトラックバック一覧です: 新年ご挨拶:


コメント