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2008.01.30

コーヒー雑記 14

ほろ苦い味、というのがある。
水木しげるの漫画「悪魔くん」に、再会という店で、たぶん、悪魔くんの使徒ヤモリビトだったと思うのだが「ほろ苦いコーヒーを一杯」と、注文する場面があったと思う。
なんとも、その注文の文句がしゃれている。「ほろ苦い」を付けることでかもし出されるモノはなんなのでしょうか?
自分の不甲斐ない経験が呼び覚まされたときに、なにか苦い味が喉の奥に残ることがある。
全体的な印象が、思い出されるときに味覚を呼び覚ますのかも知れない。なんとも、味となって回帰することが大変におもしろいことである。
なので、このヤモリビトの変さ加減は、あらかじめ「ほろ苦いコーヒーを一杯」と、注文する
こと、そのものがとてもおもしろいのである。

ほろ苦いと言うと、もう一つ思い出されるモノがある。
荒木一郎の歌謡曲で、これも、もううろ覚えだが「君に捧げるほろ苦いブルース」だったと思う。
三十年以上前のラジオ番組、「空に星があるように」で流れた歌だ。
独特の風貌と鼻にかかる声に特徴があるが、当時、シンプルでナイーブな歌がたまらない魅力だった。
この番組が好きで、「今夜は踊ろう」「いとしのマックス」「潮騒の歌」など、若き日、トランジスタラジオで毎晩聞いた。触発されて、自分で作詞作曲などもしたりしたのである。
別にこの歌、「君に捧げるほろ苦いブルース」のみに思い入れがあるのとはちょっと違うのだが、自分の、まだまだ青い頃の何か恥ずかしいぐらい純情な記憶なのである。
この番組、「空に星があるように」、荒木一郎、といえば、知ってる人は知ってる。
私にとっても、まさに「ほろ苦いコーヒーを一杯」と、注文したくなる名前だ。cafe

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2008.01.23

コーヒー雑記 13

地球時間で言えば、四千年がすでに此処で過ぎていた…。
マクベイの後裔、マクベイ・ロビンの子孫は、果たしてどうなったであろうか?
自らのシステムアップを図ることをする機械式のロボットは、果たして過酷な環境に順応して、コーヒーを愉しめるような高尚な進化を遂げたのであろうか?それとも、滅んでしまったのか?
そこには、一見して何事も無い、昔と変わらぬ砂漠が続いている…。

「おい、待ちな!何処から来た?」
駱駝のようなものに跨ったガンマンが、突然私の背にライフル銃を突きつけた。
「おお、生き物がいた!」私は、感動のあまり小躍りして振り返った。
?人間に寸分違わぬ、黒髭のマカロニウエスタンな男が立っていた?
「この星に、人間の立ち入りは禁止されてたはずじゃないのかね?」私は男に不平を言った。
「人間?俺は人間じゃねえ。生物型ロボットだ。この星にもっとも順応度がある生物型の自己増殖可能ロボットさ!貴様こそ人間じゃねえのか?
早く此処を消え去れ!
消えねえと、撃ち殺すぞ。
俺たちは人間と違って、人殺しも、なんとも思っちゃいねえぜ。」
「わかった、わかった。今すぐ此処を去るよ、これだけ教えてくれないか?
マクベイ・ロビンの子孫はどうなった?」
「知らんな。」
「そうか…。これでもやらんか、みやげだよ。」私は缶コーヒーを出して、男と飲み干そうとした。
すると、…男は泣いていた?
「俺は感動してるんだ!そのピカピカな金属缶を見たとたん我慢ができなくなった!
この味!なんともいえない郷愁が、身体の底から湧き起ってどうにもならん。
いったいこれは何だ!?」
私は、琥珀色した飲み物の名を男に教えた。

まだあるのか?

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2008.01.17

コーヒー雑記 12

いよいよネタがなくなってきたのか、はたまたコーヒーが出がらしてしまったのか。

そのとき突然にあの男が入ってきた。
スパロゥだ。
「へへ、もう出ないかと思った?あまいな。
俺はどこでも神出鬼没さ、ところでマクベイ、お前には借りがある。
紙コップで飲むカプチーノもいいが、このリボルバーも味わってもらいたいものだ。」
スパロゥは診療台のマクベイに向けてリボルバーを連射した。
バン、バン、バン、バン。
マクベイはその場に転がった。

貫通した四発の弾丸が、自分に穴を開けたのが分かった。
穴から堰を切ったように、液体が流れ出る…。
「まったく、プルトップってのも良し悪しだ。開け口が取れちまっちゃこうするよりないだろう? この星にゃ缶切りも無けりゃ何もありゃしないんだ。へい、マクベイ、飲むかい?」
不時着時に、一本だけどういう訳か残った缶コーヒーだった。相棒のスパロゥ飛行士は、缶コーヒーがことのほか好きだった。
尖った石の先端で空けた缶コーヒーをうまそうに飲み干した。
「なんか、いい夢でも見ていたのか?にやにやしていたぞ、マクベイ。」
「いや、…なんてこった?やっぱり遭難していたのか。今度こそ絶体絶命だ。せいぜいうまいコーヒーでも飲みたかったよ。」
「しかし、お前にも味が分かるとはな…。マクベイ。」
壊れたローンウルフ号の遭難信号も、とうにバッテリー切れになっていたとさ。

これは、この星の祖先に伝わる昔話だよ。
われわれマシン族の祖先の飲み物としてコーヒーは重要だ、先祖があがなわれている訳さ。
そう言いながら銀色に輝くマクベイ・ロビンは、巨大な月の出を背景に、自分のキャタピラ部に缶コーヒーを注入した。

たしかに終わりだろうね?

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2008.01.16

プロフィール第二弾

訂正しなければならないことが生じました。
案の定、食いたいものを好きに食っていたら成人病になってしまいました。
大げさが好きなので、大げさに言いますが、平成二十年一月現在、生活習慣、つまり生き方を変えなければならない事と相成りました。
なので、プロフィールの変更です。
10キロ減量して、「うまい」と思えるものが根本から変わりました。
私が間違っていました。ワルうございました。団子や煎餅はすっかりヤメました。
ビールもヤメました。木琴はやってます。

うまいもの、
水、湯、野菜などの元の素材の味、米そのものの味、
今、私は、ますます大衆の鑑のように磨かれた思いです。
好きな音
自然の無音

以前の、思い上がったプロフィールに羞恥の思いを致しております。
とりたてて感心すること
この世に生を受け生きてること
はてさて、この私のプロフィール、いったいどうなって行くのでしょうか?

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2008.01.10

コーヒー雑記 11

コーヒーの後味の余韻が甘く感じられるときがある。
たぶん、湯がまろやかなのだ。
最近、成人病克服の観点から、私は十キロ減量した。
腹七分目を実行しているが、湯の甘さが分かるようになる。
するとコーヒー豆のうま味も、味わいも以前とは違って、口の中のあちらこちらに、味が湧いてくるような感じにさえ思えるから不思議だ。
どうやら、人間の体というのは、そのように仕組まれているようだ。
好きなだけ食い、好きな事が充ちたりた状況より、感覚は冴えてくる。
断食後の粥のうまさなども、筆舌に尽くしがたいと聞いたことがある。
今まで、私は食べるものの制限などは考えたことも無かった、
団子や、饅頭や、せんべなど、好きなときに好きなだけ食べて、おいしいと思っていた。
しかし、これは「うまい」という意味が違っていた。

あの、高原の空気が「うまい」という、うまさ。
このごろの私の、コーヒーのうまさに通じるものだ。
水や、空気のうまさが分かるためには、食欲に謙虚であらねばならない、つまり、好きなだけ食っていてはいけない。また、食えないからこそ、「うまい」というものが存在する。

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2008.01.09

コーヒー雑記 10

「マクベイさん、マクベイさん。しっかりしてくださいよ。
はい、口あけて下さい。」
ギュンギュン、ガー、バリバリバリ。
真久部は、歯医者の治療中に眠り込んでしまった事を恥じた。
それにしても何故ここの歯科医は、自分の名にイを付けて、まるで外人のように呼ぶのだ?謎だ。
「ハイ、もっと大きく口開けて。」
何か途方も無い夢を見ていたのを思い出して、真久部は半身を起こそうとした。
「あ、イタイですか?」
真久部は、口を開けたままイヤイヤをした。
しばらくして目をつぶっていると、ヒンヤリしたものが奥歯に引っ付いた。
「型を取っています、そのままそのまま、マクベイさん。」
歯科医の、しばらくじっとしてて、の指示で、真久部は再び夢うつつになった。

マトリューシカは、二、三百人もの小人達の手で開けられた。
顔の部分のハッチが開くと、自分の親指ほどもない大きさの人間が、わんさかと力を合わせて作業しているのが見えた。まるで「ガリバー旅行記」の中の、ガリバーだ。
「何だ?何をしている?ここは何処だ?」マクベイは叫んだ。
小人達のどよめきがおこった。
まるで何十分の一かの精密なドールハウスの街中に横たわっている感じだ。
マクベイは半身を起こすとゆっくりまわりを見回して言った。
「小人の国かい!?ちょっと待ってくれ。俺は何処に来てしまったんだ?」
「落ち着いて落ち着いて、マクベイさん。コーヒーでも飲んで、気を落ち着けてくださいまし。」
メイドの格好をしたおもちゃのような大きさの少女が、トレーに載ったコーヒーを高く差し出した。
「おや、これはこれは、ありがとうお譲ちゃん。」
マクベイは、早速手を伸ばしたが、そのカップの小さなこと小さなこと!
マクベイはゆっくりした動作で、カップをつまみ、飲み干した。
世界で一番小さいカプチーノに大満足をした途端に、再び声がした。
「ハイ、ぶくぶくして下さい。」
真久部は、思わずうまそうに紙コップを空にしていた自分を恥じていた。

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2008.01.07

新年ご挨拶

明けましておめでとうございます。
今年の「荒唐無稽」は、より本来のテーマを深めてゆきたいと思っております。

さて、地球温暖化、地球環境、が今年の正月のTVを賑わせましたが、
わが「荒唐無稽」的な見方で極論すると、霊的な元年に突入という感じも致します。
TVで放送されていた内容にも、いまひとつ説得力が無かったのは、現在の文明社会の人間の営み自体が、膨大化して、もはや危機的な状況の限度を超えてしまっていると思えた事です。
国際的なCO2削減を、国際間のカケヒキ、環境で経済を争う姿勢は、なんとも愚かしく無益なものに思えてきてしまいます。
さりとて、このような問題の否定をすると、短絡して人間存在の否定になりかねません。
現在時を生きる自分というものは、決して、ただの物質では無いはずです。

そもそもこの破壊の直接の原因は、産業革命、その遠因として科学的な認識法に由来していると思われます。
命を物質として見る見方です。
人間の理性の目覚めからすれば、避けて通れない道です。
しかし、それは悟性の到達地点では無いはずです。
ここに「礼」がなければ、何者も育成はしません。
TV報道の釈然としない感じは、何処から来るのでしょう?
解決しようとする側の、現在の科学技術、経済中心の世界観が、救済できない本質的な問題だから、ではないでしょうか?
地球破壊が、ぶしつけな止めようの無い科学技術の文化、文明との相関関係から起こる破壊、という認識が欠けているとしか思われません。

時間、空間、物質、生命、に対する、根源的な認識を改める必要があると思われます。
その新たな理解が世界的に起こりうる事を期しての、2008年は元年という事なのです。
それも、人間理性が自力で起こしうる改革では無いという予感が致します。
大きな意味で、現在の、己の肉体の死により、すべてが無に帰す、という考え方が、現代社会で初めて乗り越えられる時がまじかに迫っているように思われてなりません。
これら一連の重要事は、それこそ、「荒唐無稽」な仕方でしか顕現しないものなのかも知れません。

老子いわく、「玄のまた玄」、本当の黒から見ると、普通の黒は、まるで白とかわりない。…
本年もよろしくお願い致します。

平成二十年 迎春

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