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2007.11.29

コーヒー雑記 7

ものの本によると、コーヒーノキの原産地はエチオピアにあるということだ。
コーヒーの覚醒作用が有るのは有名だが、
6世紀ころに、アフリカではその覚醒作用は分かっていたらしい。
ところで話は横道にそれるが、
西アフリカでは古くから、コラという覚醒作用の有る木の実をかじる習慣があるところも存在する。実は、このコラという木の実はほとんどの人が知っているものである。
コカ・コーラだ。
コカ・コーラのコカはコカの葉起源だが、その、コーラの方の語源になるのである。
(コカ・コーラは、実際には成分を公表していないので、正確なところは分からないらしい。)
コラは、コーヒーのカフェインよりも2倍3倍強いと聞いたことがある。
覚醒作用のあるコラの実をかじると、気分が爽快になり、元気になるともいう。

ところで、私は長年アフリカ・ガーナの音楽に親しんでいるが、どうも西アフリカ音楽とも深い関係が有りそうだ。
まず、西アフリカの太鼓にしろ、木琴にしろ、「気分が爽快になり、元気になる」。
演奏していても、精神や、気分が覚醒して、高揚感がある。これは、思うに西アフリカ伝統音楽の重要な特徴になるかも知れないのである。
「気分が爽快になり、元気になる」
コーヒーの場合は、もう少しマイルドな効用かもしれない。
しかし、気分を変え、シャッキリさせるにはなくてはならないものである。

よんどころなく西アフリカ音楽、コーヒー、コーラ、の、三題話となり失礼致しました。
ところで、コーヒーの世界の取引規模というものは、一次産品としては石油に次ぐものであるということです。そしてこの日本はというと、世界第三位のコーヒー消費国なのでございます。
今、石油が高騰していますねえ。
コーヒーてえものは、無くても石油ほど困らないのかも知れないのです、が、
実は、ここに人間の不可思議あばらかべっそんな秘密があるように思えるのです…。
反対に読み違えてみると、あらあら、
気分が暗く、病気、というのは、ほんとに嫌なもんですわ。


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2007.11.26

コーヒー雑記 6

おもしろいので、続けます。
ジェームスの逃亡が始まった。その夜のうちに、コートを着ると着の身着のままで家を出た。
現実なのか、幻想なのか、しかし人を撃った銃の手ごたえだけは残った。
ジェームスは、九十まで生きて、よもや、殺人者になろうとは思いもよらなかった。
茫洋とコーヒーと波止場を眺める静かな人生の終わりのページは、途方も無い力でへし曲げられた。
まだ善良さの残る頭で目いっぱい思いをめぐらせると、警察に出頭しようと、市警の前まで行った。すると、例の若い男が再び目の前に現れた。
「よくも、よくも撃ったな。この殺人鬼め!」
ジェームズは全身の恐怖から、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
「お前は殺人者だ、逃さないぞ!おめおめと、普通の生活には、戻れないのだ。」
ジェームズは再び発砲した。
ジェームスは駆けつけた警護の警官の前で自らを撃とうとした。
拳銃は警官にもぎ取られた。

ジェームスは、いつものカフェでコーヒーを注文した。ウエイターに大声で注文を出した。
「ミルクをたっぷり入れてくれぃ!顔が映らないようにな!」

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2007.11.22

コーヒー雑記 5

ジェームズはおもむろにコーヒーカップの中を覗き込んだ。
其処には、若い男が、にやけた顔で映りこんでいた。
見たこともない、自分にとってはまったく縁の無い種類の男の顔が浮いていた。
ジェームズは、嫌な気分になり一気に飲み干して店を出た。
今年九十歳になったジェームスにとって、港町のカフェは落ち着ける場所だった。
そこでは、彼は静かにコーヒーと船を眺めては、茫洋と時を過ごしたかった。

その日、ジェームスが家に帰宅すると、しばらくしてから、誰かが訪ねて来た呼び鈴の音がした。
薄暗くなった玄関を開くと、そこには昼間の若い男が立っていた。
「よくも、昼間は私を飲んでくれたね。」
ジェームスはそら恐ろしさのあまり、護身用の銃で、男を撃ちぬいていた。

これは、ラフカディオ・ハーンの「茶碗の中」をアレンジして脚色してみたものです。
コーヒーだと、また違う味になったでしょうか?

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2007.11.21

コーヒー雑記 4

かなり痛々しい話にあいなってしまった。
気楽な話に戻そう。
以前、中野に「伊万里」という店があった。
この店は、伊万里焼のコーヒー茶碗が沢山並べてあり、好きなもので煎れてくれるが、
何も言わないと、店主が、その人の印象でカップを選んで煎れるらしいと聞いた。
キングレコードのH氏と、ある時その店に入ることがあった。
この店、なかなか面白いと思ったが、出てきたカップ同士はあまりその差が判然としない、残念なことに、伊万里焼はカップの印象が似通っていて、どれも似たり寄ったりの上品さであった。
この時H氏と私は、風体服装もかなり違っていた。
かなり深い意味では、双方ともに上品ではあったが…。
…いや、
それとも、店主は、もっともっと達人で観察眼が鋭くて、その程度の個性の差などは、便所の糞欠きべラなどという境地まで達していたのであろうか?
そうであるならば、挨拶の一つも交わしておくべきであったと悔やまれる。

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2007.11.20

コーヒー雑記 3


ところで、うまいコーヒーもあれば不味いコーヒーもある。
わざわざ不味いコーヒーを所望する人はいないであろう、しかし、
この頃気になるのは、飲食一般で、美味しいものばかりを求めて訪ねまわり、
素朴で絵にならないものは、見向きもしないことだ。

コーヒーに限った事ではないが、ごてごてと薀蓄を並べ立て、
どこそこの材料を、どこそこの水でなどと、美味さの能書きが多い。
しかし、美味しいといわれる素材ばかり集めて、そればかりやり続けていいわけが無い。
誤解されては困るが、私が言いたいのは食の安全の事ではない。
飲み食いするもので美味いものばかりを揃えると、何か素朴なものが、貧相に見えてきてしまうのである。あたかも、そこまでの己の努力と自力のみが美味さのすべてである、と言わんばかりになってしまう。
食が、諸々のいのちを戴いてることを忘れてしまっている。
人の手を入れすぎて、自然を忘れ、感謝を忘れ、
美味いもの、良きものだけ、を選択する事は、必ずや弊害を及ぼす。
そこに食では、すぐに肥満と成人病が待っているのである。

私は通風になってしまった。
私には、その欲を掻いた精神が不浄に思える。
今の時代に、真に質素なものに感謝を求めることほど難しいことは無い。

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2007.11.14

コーヒー雑記 2

さて、珈琲というのは不思議な飲み物である。
手間隙かけて、もてなされたときの一杯も格別であるが、何よりも器を選ぶ。
その器とマッチしたとき、相対するその時間は、他に代わるものが無い。
温かい飲み物が、いかに人の心をほっとさせるものであるだろうか。
器といっても特別高価なものを言うのではない。
使い古されたコッフェルの時もある。
それで一つ思い出した。
私はある時分、しばらくアフリカで木琴の稽古をしたことがある。あるとき、稽古がすんだ私に師匠のカクラバ・ロビが、このコッフェルにコーヒーを煎れてくれたのだ。このコーヒーは、ネスカフェといえども格別の感があった。
今は亡き人の、あのやさしい人柄を思わずにはいられない。
つづく

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2007.11.12

コーヒー雑記 1

夜も更けた日付も替わろうとするときに、香り高い珈琲をゆっくりとやる。
どこまでも異国の地の香りを失うことの無いこの珈琲という飲み物は、まったく生活に溶け込んでしまっても、どこかしら、覚めぬ夢の一部を現在も漂わせるものである。

コーヒーで私が記憶にのぼるのは、まず学生時分よく行った喫茶店である。
そのころ、神田神保町には、交差点裏の路地角に、ウエイターの女の子がフランス風トリコロールのお洒落なバランスでタイを締めた「ミカリ」という店があった。
純喫茶風であるのに、ウエイターは、ゴダールの「気違いピエロ」などに出てきそうな、どことなく大人っぽくてかっこよく見えたのである。
学生の頃の動機とは、そんなものである。
この店に足しげく通い、友人共と映画、美術、哲学文学論に花を咲かせた。
そうそう、この頃はいつも注文は「ホット」であった。
此処に来て三日にあげず「ホット」を注文した。
懐が暖かい時は、トーストなども頼んだ記憶がある。
当時懐はすってんてんであっても、珈琲代は何故かなんとかなったのである。今でも不思議に思う一つだ。
珈琲の飲み方も随分と違ったものであった。今となっては信じられないほど砂糖をたっぷり入れて飲んだものである。

ブラックになったのはいつごろのことだろう?
いや、珈琲を入れて飲むこと自体忘れそうだ。

つづく

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