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2007.10.15

思い返すと変な事

思い返すと変な事というのがある。
睡眠中という訳では無いが、夜にうつらうつらとしていて、いきなり何かの用をしなければと立ち上がり、二三歩歩いてから、何の用も無いのに気づき、その場は終わりとなった。
しかし、日を経てよくよく其の事を思い出す機会を偶然得た。
何か生爪を剥すように、自分が二つに剥れた記憶が微かに在るのだ。自分でも驚いた。
転寝する自分と、起き上がった自分である。
分離しかけてすぐさま、また元の身体に戻ったのだった。
何とも不可解な記憶である。

忘れていた事を、思いもかけず思い出す事というのもよくある。
何十年も前の、たいした印象に残ることでもない、出来事というにはあまりにも些細な光景や、ある路の光景、意味という意味はまったくない、脈絡も感じられない光景が、急に目の前をよぎる事がある。
数十年も前に見た夢で、それまで、今の今まで思い出した事も無い夢の事も在る。
木琴の稽古で、楽器の演奏中などにまま在ることだ。
しかし、生まれてからの物心が付くまでの記憶というのは、こういう風に出てきた事は無い。
何某かの体感に近い、記憶と呼べない記憶はあるのかも知れないと思う時があるが…。
もっとも、その記憶はほんとに無いのかも知れない。
取り立てて記憶にあるものでもない事が、いったい何処にしまわれてあるのやら、まったくもって不可解である。

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2007.10.04

「工藝の道」を読んで。

前に書いた、「茶と美」と組みでお勧めしたい本である。
こちらも、やや専門分野の香りがするが、内容はいたって簡潔である。
ここに書かれたものは、初出から八十年近くを経ている。
しかし、本筋でのテーマは何ら古くなっていないどころか、
現在もっとも必要とするものを含んでいる、と私は思う。
ここで問われている問題点をお話したい。

ある意味『一個人の天才により生み出されたものが、果たして、この上なく最上のものであるのか?』
と問うている。
能力と個性の世の中で、大変なテーマである。
文明開化以降、現在に至るまで、このようなテーマは疑いもされずにいた。
これを、工藝というものと、美術の分野の比較で述べているのである。

もともと柳は宗教哲学の人である。『他力』による救いに彼の根底がある。
「自我の意識の介入を超えた処にこそ、真の存在がある」と読み取れるのは私だけではあるまい。

個性を問われる時代であるが、ここに柳の『妙好人』という言葉がある。
簡単に言うと、それは、高僧のような理性や知識を持つものが長い修行の末至り着く境地に、
字も読めないひたすら無学な凡人が勝る、という、頭の良さを通り越した天然の知恵の者を呼ぶのである。
妙好とは、もともと白蓮華の華を指すということだ、言わば『天然』の風格ととれる。

個性の主張ばかりをする現在のもろもろ品々に、健康の美しさではなく病が見て取れるのは、私だけではないはずである。
今の今は、いろいろな意味で学力能力比較の社会である。自分の無能に壁を感じてる方も多いと思う。
自信を失って、自分はダメな人間だ思うのは早計である。
人間は、能力と個性だけではぜったいに決められないのである。
この本の内容を鑑みるに、個性と能力を、その人とイコールにしてしまう世の中に、正面から張り手を食らわせる思いがしてならない。

真にすばらしいモノとは、天然に咲く花のように、人間の作り出した意識的な面とは無関係の事であると、私は思う。

4061597248工藝の道 (講談社学術文庫)
柳 宗悦
講談社 2005-09

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4061594532茶と美 (講談社学術文庫)
柳 宗悦
講談社 2000-10

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