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2007.07.27

柳宗悦「茶と美」を読んで。

歯に衣着せぬと云う言葉が在る。
まさに、茶の湯に関しての言いにくい事を、はっきり言い切っているのが凄い。
いや、根底に在る美についての慧眼は、権威に三十棒をくらわして、目覚めを待つ老婆親切だ。
ここまで、親切を受けて黙っている茶の湯の輩に、味わうべき茶も菓子ももはや無いのではないかと思わせる。
茶の湯が、禅との関係を切れない以上、避けようのない批判である。
私が茶の湯の家元であったら、何もかも投げ出す覚悟で、柳氏とすぐさま茶をともにしたであろう。

これはショキングな本である。
美とは何か?
意識の中途半端な介入が、いかに美を貶めるか。
この本は、本来の「美」の川床をえぐり出さんばかりだ。

すべては柳宗悦が「大名物」喜左衛門井戸と出会った、その瞬間の直感がすべてを支えている。
喜左衛門井戸が、まさに、
朝鮮で生まれたごく普通の飯茶碗であったからこそ、「大名物」に成り得た不思議を思うと、
美というものの深さとともに、軽み、を思わずにはいられない。
私の言う「軽み」とは、真剣さを通り越した先にある、気楽な軽さのことである。
「無」の切実さを取り払ったとこと言ってもよい。
喜左衛門井戸を通して発見された美しさとは、どういうものなのか。
常日頃、普通に平気に、磨かれ、使われ、続けられる物どもは、美もへったくれも無い。
そういう中にこそあるのが、軽みの美である。
それを発見し、茶の湯の美の中心に成しえたのは初期の茶人達だ。

よほどの眼力とともに、真の勇気がなければ、軽みなどは、到底分かるものではない。
私の考えでは、意識そのものは、普通には、あくまでも真剣さを抜け出る事ができないはずだ。
意識と云うのは、言わば、お世話役の茶坊主のようなもので、何もかもお膳立ての中に始終してしまう。
その、茶坊主を休ませ、主人が直接相手になる場合は悠然たるものだ。
反対に茶坊主に、ユーモアや、軽み、を求めても、それを計算し数量化してしまい、
取って付けたような事しか出来ないだろう。

美というものは、ごまかしも利かない代わりに、計算も嫌うようだ。

決してこの本は、古い事を引き合いに出して言っているのでは無い。
又、茶の湯の批判に始終しているのとも違う。
美意識の不思議を説いているのだ。
喜左衛門井戸は、現在進行形の中の心を要求して来るのである。
自ら存在の不可思議を笑うのである。
このような高次の美に関する研究自体は、恐ろしく遅れているのが、現状であろう。


茶と美 (講談社学術文庫)
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2007.07.23

カクラバ・ロビの死

世界的な、民族音楽の音楽家でコギリ奏者、カクラバ・ロビ氏が亡くなった。
第一報である。
まだ、詳しい状況は判らないが、突然の事に私はショックを受けている。
ガーナの現地時間2007年7月20日(金)午前10時頃の事だ。死因は肺炎。
1939年の七月生まれであるから、享年六十八歳であろう。

私は、2000年の十二月に、ガーナ、アクラの氏の自宅で、
カクラバ・ロビ氏から、木琴奏者の正式な入門儀礼を受けた。
私の手ほどきをしてくれた、日本のコギリ奏者、ソーイチマ・ゴトー氏の直接の紹介であった。
そのときカクラバ・ロビ氏はこう言った。
「この木琴音楽は、先祖からずっと続くものだ。だから、わたしだけのものではない。がんばってやりなさい。」
そのやさしい、気取りのない顔が、目の前に昨日の事の様によみがえって来る。

氏の、その音楽性はもちろん、世界的な名声にもかかわらず、ニマ近くの、
言わば下町にひっそりと住んで、木琴の製作を日々の糧として、
その清貧で潔白をよしとする人柄がうかがえる。

かの「アフリカ讃歌」などは、故エンクルマ大統領とともに全アフリカの統一を呼びかけ、
「マンデラ」では、南アフリカのアパルトヘイトに反対して投獄された、ネルソン・マンデラ氏の解放を全世界に訴えた。
私の心の中にあるカクラバ・ロビは、
木琴の名人にして、同時に、不等な扱いに敢然と反抗する革命家のハートをも持った人だ。
尊敬に値する人間が少ない中、真に尊敬出来る人であった。
心から冥福を祈る。

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2007.07.19

ぶらぶら

禁断症状というものがある。どんな事でも、
今まで、意識せずとも行なっていた習慣を突然断ち切ると、
多少のパニックとともに、苦痛が生じる。

これは、何か悪いと分かっている習慣でもそうである。
自分の行動を司る規範に、無意識的に組み込まれているに他ならないからだろう。
これらは些細なきっかけで始まるものが大部分であろうが、
数十年の年月を経ると、その人の一部の様になっているのである。
きっと、このような事は、本来的には病気であろう。
無い方が爽やかである。

仕事も、その範疇を逃れられない。
現代に生きる人に、自分のやりたい事だけをやって生きてる人間は、ごく少ないと思う。

むしろ、生活や社会的な意味での職業の色合いが、そのまま己の仕事ととなり、
そのまま人生となって、誰も疑わないでいる。
生きてゆく上で、仕事をしないという事が、有ってはいけない事のように言われるのが世の常だ。
人間、生きている間に、何事か成したいという欲もある。
そこに職業という色合いが、覆っているうちは分からない。
しかし、リストラ、定年などで、職を失うと、突然に本来の顔が飛び出し、自分でも驚愕してしまう。
見たことの無い顔に、精神を病む人も出るだろう。
しかし、ごまかしてきたのは、自分の方である。

もう一方に、命がけで、仕事に挑むという事がある。
本当に、いい仕事を残そうとしたら、
身を捨ててもあたる気概が無くば、恐らく出来ない。
いや、それでも、本当にいい仕事を残せるかどうか分からぬ。
道に達すればするほど、正直者は謙虚にならざるを得ない。
職人技を極めれば、完成という言葉は自ずと無くなる。
極めた者ほど常に言うのは、道半ばだ。

若い頃から気になっていたのだが、「無事」と言う言葉がある。
本来、余計な事をせず、普通に平気である、という、
立派な境地だが、達するには生半な事ではない。
無事を喜ぶ事は、生そのものを生きていなければ出来ない事だ。
仕事とは、自ずからが本来無事を喜ぶものなのかも知れぬ。

名傍役、沢村貞子の「老いの楽しみ」という本に、「年寄りはぶらぶら」という言葉が出て来る。
女優を引退し、やることが無くなってしまった。
毎日ぶらぶら。いつしか不安がつのって来た。
そのとき、日本で最初のユング派分析家の河合隼雄に
「年寄りはぶらぶらなんだから、安心してぶらぶらしていればいい。」
と言われて、それから気持ちが晴れたそうだ。

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2007.07.17

恐怖心の克服

パットン将軍の映画(「パットン大戦車軍団 <特別編>」1970年 アメリカ )をDVDで見た。
ほぼ史実にもとづく映画だ。
パットン将軍とは、アメリカ陸軍を率いて、第二次世界大戦を、連合軍の勝利に
導いた将軍である。

おもしろかったのは、
どうもパットン将軍は、普通の枠にはまり切らない人物で在ったらしい。
若い頃、戦場で死ぬ目に合って、恐怖にかられ溝に隠れ込んでしまった、
先祖が頭上に現れて、怒鳴られたエピソードがおもしろい。
「お前の様な腰抜けは、我が家系には、いらん!」と云う様な事を言われたらし
いのだ。
パットンは心から恐怖心を追い払った。
その後に、パットンはまったく恐れを知らない男となったのだ。

恐怖心と云うのは始末に悪い。
いったん気持ちに広がるとどうにもならなくなる。
この映画の中でも、それは取り上げられている。
恐怖心と云うのは何だろう?
戦争に於ける恐怖心とは、寄る辺ない死への嫌悪の意識かも知れない。
また、臆病風を吹かせる、という言葉の通り、
気持ちが畏縮した状態から、発する特別な意識かもしれぬ。

昔、小学生の頃、私は乗物酔いがひどくて、
自分が乗るバスを見ただけでも、具合が悪くなって戻しそうになった。
一番ひどいときには、小学校の修学旅行中もずっと旅館で寝込んだ。
どこも見ないで、ただ乗り物酔いとの恐怖の屈辱と戦った。

きっと、ある意味、死を突き付けられた意識と似ていると思う。
自分の身体が自分で思うようにならないのである。
これは、その穴の中に落ちている以上分からない事なのだ!

パットンは心から恐怖心を追い払った。
簡単だ、追い払えばいいのだ。
「クソくらえ!いま成敗してやる!」
自分の方が強いのだ、
その気分になったら、勝ちだ。

パットン将軍のセリフ
「ドイツ野郎め、クソくらえ!いま成敗してやる!」
しかし、かの戦争が終わった途端、用無しになったのも、パットン将軍である。

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2007.07.12

ロボットの原形(つづき)

簡単に私の記憶に在る事を述べてみる。

ロボット三等兵は、ロボットの無知とナンセンスが、とんでも無くおもしろかった。
単純に、人間と人間では無いロボット、という対比がそのまま笑える。
人間で無いロボットによって、人間の行動の可笑しさが露出してしまう。
ちぐはぐで、ヒューマンで、ペーソスも有りながら、根源はナンセンスに在るところが、たまらない魅力だ。

鉄腕アトムは、まるで人間のように考え、小学生のように純真なロボットだ。
アトムの場合、ロボットという響きが可笑しく聞こえる程、人間の子供のように行動する。
それもそのはず、アトムは亡くなった子供の身替わりとして生まれて来たのである。
「鉄腕アトム」は、今思うと、ある世代の心の原形に関与すると思われるほど、広範囲な影響力があった。ロボットに生命が在るということを、無意識に感じさせたのだ。

鉄人28号のクールさは、完全に人間にコントロールされるマシンである事が、大きな要素だと思う。
リモコンによる操縦は、あくまでも、マシンをコントロールする人間との一体感が元となる。
コントロールされる巨大ロボットは、次世代のマンガに受け継がれていった。
ある意味、物と人間の究極の形であるだろう。

こうして見たときに、ドラエモンはどのようなものだろうか?
人間の希望するものを、何でも科学的発明品によって実現するネコ型ロボット。
何か、人間の都合の良いオモチャのような存在が見え隠れしてくるのは、気のせいだろうか?
それでも、まだ押し入れにいるというところが、謙虚かも知れぬ。

キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」でのコンピューターの反抗は衝撃である。
人間の持つ意識と、その未来に投げかける先回りの企投という意識の作業が作り出す関係上、人工知能の命題となると思われる。

人工知能の一つの判断が、情報の集積によって行なわれるとすれば、当然そこに、総体的なものを評価しコントロールをする機能が問われる。
しかし、科学の「知」というのは偏狭このうえない「知」しかまだ知り得ないのだ。
そこに、謙譲やおくゆかしさや、やさしさや愛、悪をなす不快、善をなす快さ、などは、関係しない。

究極の判断が人工知能により決定される…。完璧なロボット、こんなある種の人間にとって都合の良い風にしか解釈されない世界は、早晩滅びるだろう。
いや、すでに、世界規模で進行している事なのかも知れぬ…。
経済にしろ、軍事にしろ。

ロボットの原形は、愚直な程の正直さなのだ。

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2007.07.10

ロボットの原形

映画メトロポリスをDVDで見た。

『メトロポリス』(Metropolis)は、
フリッツ・ラング監督によって1926年製作されたものだが、
ブツギリ編集され、オリジナルの半分以下の長さになっている。
オリジナルフィルムは散逸してしまってるとか…。
興行的な理由からと、共産主義的な部分も、徹底してカットしたらしい。
現在のバージョンでは、もはやストーリーも良く分からない状態だと思う。

しかし、しかしである、この意図されない破壊的編集によって、
私には、サモトラケのニケ像のような効果が現れたと思えるのだ。
ルーブルのニケの像には首が無い。
無い事によって翼の美しさは究極まで極まった。
http://www.louvre-m.com/mokuroku/nike.html

同様の事が、「メトロポリス」にも起った。
ストーリーが破壊されても、不思議にも何かが訴えて来るのだ。
いや、破壊されたからこそ、隠されていた不可思議さが浮かび上がったと思われる!
無声映画の、全編流れるのジャズピアノが、映像に過去の夢見の記憶のような感じを与える。
夢の記憶をまさぐる様な展開の中、金属のアンドロイドのロボットが出て来る場面では、
自身の中に、何かの感覚が極まってくるのが分かる…。

ストーリーでは、ロボットは、マリアと云う女性に原形を求め、
マリアそっくりの外見に改造される。
(映画ではそこからマリアは一人二役になる。)
その後、偽マリアは磔刑にされ火あぶりにされる場面において、
再び金属のアンドロイドの身体と重なって来るのだ。

映像というものは、見ているものにストーリーを飛び越えてショックを与えて来る。
この金属のアンドロイドは、1926年当時の美意識を差し引いても、何かが強烈に残るのである。
ロボットと云うもののある一面が、直感的に見事に暗示されているように思える。

いったいロボットとは何だろう?
私自身を振り返ると、ロボット三等兵から、鉄腕アトムから、鉄人28号、と、
馴染みの在る子供少年時代を、ロボットは心の中に生きて来た。

しかし、ドラエモン世代では無い…。

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2007.07.05

Gパン

新宿の歌舞伎町にマルセルというジーンズ専門店が在った。
アメ横の本店はまだ在る。Gパンの語源になった店だ。
中学のマセた友人に連れられて、初めて自分で買った店だ。
今も私は普段からGパンを履いている。いや、Gパンしか履かない。
十八歳ぐらいの時からGパンを履き続けて、もうかれこれ四十年にもなろうか?
似合うも似合わないも、一家言持つ者と言えるだろう。

当時から、サイズが合えば、一度買ったものは、最後の最後まで履いた。
オシャレとかで無く、生活必需品である。
なので、終いには今流行りのダメージジーンズの様になる。
しかし、どことなく無様に壊れて、格好良いというには程遠いのだ。
自分の日本人体型という意味では無い。

使い込まれたものの美しさの基準が違うのだ。
ふとももの部分の色落ちは前側が激しく、後ろは濃いまま。
ひざも出てる。ベルト位置は変に皺が寄り、畏縮してくる。
スレも膝下股下などに来る。
昔はそれでも履くと、尻に大きな穴が空いて破れた。
だいたいが、Gパンの美的基準をズレて壊れるのだ。

普段着、仕事着なのだから当たり前の事かも知れないが、
誰が履いてもそうなるだろう。
ダメージジーンズの様に綺麗に壊れたりしないものだ。
むしろ、リアルな生活の存在感を残すものとなる。

昔、市川崑監督の時代劇映画を見て驚いた事がある。
百姓上がりの若者がヤクザに成りたくて、故郷を飛び出て旅に出るような話だったと思う。
その、衣装のスレ具合が実にリアルなのだ。これには小道具衣装の域を超え、ショックを受けた。
リアルとはその存在の質感に驚くものだ。
同時に、その若者のどれほどの貧しさと生活が在ったのかが、
リアルさを持って浮かび上がって来るであろう。
むしろ、存在する事の醜悪を曝け出す、すれすれの美というものだ。
しかもこれは、映画の小道具衣装なのである…。

ダメージジーンズの流行は、仕事で着古されるジーンズの魅力から来ていると思う。
だが、そういうリアル感と裏腹に生活感はまるで感じられない。
仕事着の使い込まれた迫力を装いながら、実はそれをどこかに軽蔑している現代が在る。
ファッションというのは、そういう危ういものをいつも含んでいるかも知れない。

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