祖父の書
四十年ぶりに祖父の書いた書が出て来た。
父がしまってあったものを私にくれた。
縦三尺程の半紙に、墨で二行に渡り縦書きに書いたものだ。
春の七草を、せり、なづな、と言った具合に、漢字、平仮名を取り混ぜて、
七種類の名を書いてあるものである。
春の七草の名のられつが、これほどすがすがしいもので在るのには驚いた。
左下に六十三老の文字も在る。
祖父の亡くなった年、六十三歳の時に書いたものであろう。
紙の両サイドは、保存が悪くて破けてしまっているが、
ゆったりとして、気負いの無い運筆だ。
新しい年を迎えられた喜びが行間に見受けられる。
祖父は五十歳で脳溢血で倒れて左半身不随になり、
左手、左足はくの字に曲がったままになったが、
十三年間、不自由を押して、毎日を読経と経学で過ごした独歩の宗教の人だ。
宗教の人と言っても、家族の者にすら宗教を押付ける事は皆無であった。
その亡くなる最後の年の書と言う事になる。
いろいろの思い出が、今どうっと湧き上がって、書く事が出来ない。
しかし、このすがすがしさだけは、今まで気づかなかった。
祖父を、とてもなつかしく、また嬉しく思う。
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